伝説の歌手、ちあきなおみさん。どこか陰りがあって、艶っぽくて魅力的で素敵な女性です。
この陰りがどこから来るものなのか、とても気になります。
昔の芸能界の方は、生い立ちが複雑なイメージがあります。
ちあきなおみさんの生い立ちや家庭環境ってどうだったのだろう?と気になったのですが、あまり情報がなかったので自分で調べてみました。
ちあきなおみプロフィール
出生名:瀬川 三恵子(せがわ みえこ)
生年月日:1947年9月17日
出身地:東京都板橋区
家族構成:父親(家を出たのち離婚している)・母親・姉二人
身長:162cm
ス若い頃のスリーサイズ:B89・W60・H90
ちあきなおみの生い立ち
幼い頃
三人姉妹の三女として生まれたちあきなおみさん。
末っ子ということもあって、父親に溺愛されていたそうです。
父親はかつて歌手を目指していたほどの芸能好き。
溺愛していたちあきさんにタップダンスを習わせ(これは母親の影響という説もあります)。
5歳の頃に、当時この板を踏むことが芸能人の夢とされた日本劇場(通称・日劇)のステージに立ちました。
音感が良く、運動神経が良かったちあきさんは、一家の大黒柱として芸能界に身を置くようになりました。
小学校に入学してからは、「五条エミ」という芸名で、米軍キャンプなど様々な場所へいわゆるドサ回りをして歌っていたそうです。
しかし、7歳になった頃に、ちあきなおみさんは一旦芸能の世界から距離を置くことになりました。
それは家族の事情があったようで、東京から神奈川県辻堂西海岸へと引っ越しをしています。
小学校二年から六年までのあいだは神奈川県で過ごし、この間は普通の小学生としての生活を送っていたようです。
中学2年生のときに東京都の大田区立大森第三中学校へ転校。
どうもこの頃に両親が離婚しているようです。
その後中学3年生のときに新宿区立大久保中学校転校しています。
中学生になって、ちあきなおみさんはまた芸能の道へ戻りました。
お母様と東京で生活し、プロダクションに所属しながら、ジャズ喫茶で歌ったり、スター歌手の前座として地方回りをしたりしていました。
子供の頃から仕事をしていたちあきなおみさん。
きっと友達と遊びたい気持ちもあったでしょうに、家族を支えるために頑張っていたんですね。
歌手デビューは21歳
幼い頃から芸能の仕事をしていたちあきなおみさんですが、成長するにつれ歌手に憧れるようになります。
そして19歳でレコード会社のオーディションを受け、その後鈴木淳先生のもとで1年半のレッスンを受けて、21歳でデビューを飾りました。
軌道に乗るまでは地方を「前座歌手」で巡演、キャバレー回りなど苦労も多かったようですね。
スタイルが良かったため、会社はちあきさんのキャッチフレーズを「魅惑のハスキー・ボイン」とつけました。
母親
父親の収入が少なかったため、お母様が働いて家計を支えていたそうです。
ちあきなおみさんの出る歌番組に、サプライズゲストとして登場したこともありました。
着物で登場されていて、上品で優しそうな方でした。
父親
ちあきなおみさんの父親は、定職を持っていなかったという話があります。
しかし、クリーニング店に務めていたという話もありました。
どちらが本当なのかはわかりません。
どちらにせよ、幼いちあきなおみさんが働いていた事から見ても、裕福な家庭ではなかったようです。
ちあきなおみさんの父親は浮気して家を出ていき、その後離婚して他の女性と結婚し家庭を持ちました。
父親は17歳の若い女に惚れて、ちあきたちを捨て去ったのだ。
一緒になった彼女も働きのない男に苦労させられ、夜の店で働いて生まれた子供2人を育てたという。
https://www.j-cast.com/tv/2011/09/22108019.html?p=all
17歳の若い女性に…。
これはかなりの衝撃です。
さらにその結婚相手の17歳の女性も相当苦労したようです。
そのうえ、この男には窃盗癖があり、前科10犯を優に超え、刑務所と娑婆の間を行ったり来たりする人生を送る。
80歳を超えてもスーパーでものを盗み、交番に突き出されたそうだ。
2番目の妻は離婚しようと思ったがなかなか男のほうが同意せず、ようやく離婚できても行き場のない男の面倒を見て、2007年11月に病院で死んだときも看取ったと語る。
https://www.j-cast.com/tv/2011/09/22108019.html?p=all
ちあきなおみさんは、周囲には「自分が13歳の時に病気で死んだ」と語っていたそうです。
ちあきなおみさんの生い立ちを調べてみると、とても苦労をされていたことがわかりました。
父親との確執
父親のほうは出所すると決まってちあきの居場所を探し当て、何度も訪ねてきていた。
https://www.j-cast.com/tv/2011/09/22108019.html?p=all
「13歳の時に病気で亡くなった」そう周囲に語っていたちあきなおみさん。
きっと父親のことは消し去ってしまいたかったくらい辛い思い出だったのでしょう。
それなのに父親は自宅や事務所にまで訪ねてきて、お金の無心をしていたそうです。
人気者になると突然、自宅や事務所に現れてカネの無心を始めた。当時の事務所社長は楽屋
にまで押しかける執拗な父親に疲れ果て退社した。
https://www.zakzak.co.jp/ent/news/190712/enn1907120001-n1.html
父親も引退理由の一つ?
ちあきなおみさんの引退理由は、「最愛のご主人の郷 鍈治さんが亡くなったから」これが一番の理由であることは間違いありません。
しかし、こういったことも書かれていました。
父親の無心は2人の結婚後も止まらなかった。
母のヨシ子さんを神奈川県内の一戸建てに避難させ、住民票は事務所に置いた。
ヨシ子さんが乳がんで亡くなった後も、父親は事務所や楽屋に押しかける。
それを郷さんが撃退する。
その光景を何度か目撃したレコード会社関係者によると
「郷さんは常に毅然とし、一切ちあきさんに会わせず、厳しい口調で追い返していた」
そうである。
引用:https://www.zakzak.co.jp/ent/news/190712/enn1907120001-n1.html
父親からかくまうためにお母様を避難させ、住所がわからないように住民票は事務所にする、お母様が亡くなった後も事務所のみならず楽屋にも押しかける…かなり壮絶ですね。
父親のカネの無心から彼女を守り、防波堤になっていたのが夫の郷だった。
郷の死で、ちあきは最愛の夫と自分を守ってくれる防波堤を同時に失ってしまった。
いつ犯罪常習者の父親のスキャンダルが明るみに出るかも知れないと怯え、
それもあって引退したのではないかと2番目の妻は推測している。
引用:https://www.j-cast.com/tv/2011/09/22108019.html?p=all
これはあくまでも、父親の二番目の奥様の推測ということですから、本当のところはわかりません。
父親との確執については、ちあきなおみさんは本当に苦しんだことと思います。
そして守ってくれていたご主人が亡くなったことで父親のスキャンダルが明るみにでることを恐れたというのも引退の理由のひとつではあるのかもしれません。
でも幼い頃から苦労をしてきたちあきなおみさんですが、最愛の伴侶に出会えたんだなと思うと、きっとちあきなおみさんは幸せだったのだろうと思えます。
ご主人の郷 鍈治さんは、本当にちあきなおみさんのことを愛し、大切にされていたのですから。
そして、自分を心から愛し、守ってくれた存在だったご主人が亡くなったら…引退の道を選んだのも仕方のないことでしょう。
引退理由についての詳しい記事はこちら↓
まとめ
伝説の歌手、ちあきなおみさんの生い立ちと父親、また引退の理由について調べてみました。
あの素晴らしい歌声には、複雑な生い立ちだったからこその深みもあったのでしょうか。
引退後も愛されているちあきなおみさんですが、復帰は難しそうですね…。
それでは今回はこの辺で失礼します。
記事を読んでくださいましてありがとうございました。
コメント